平岡整体療院院長の放浪記


第43話 サッカラA
「階段ピラミッド」




メンフィスの街から西の方角を見ると、ギザ台地から続く丘陵地帯の延長上にサッカラの階段ピラミッドが見えます。


ピラミッドのすぐそばまでは行けるのですが中に入る事はできません

高さは60mくらいですが、台地の上に建っているため実際よりも大きく端整な姿に見えます。


他のピラミッドとの違いは上から見ると
正方形ではなく長方形になっています

サッカラの台地まで上ってみると、いくつかのピラミッドが確認できるのですが、後は見渡す限りサハラ砂漠が広がっています。



遥か向こうにギザとアブシールのピラミッド群がぼんやり見えます。


ジェセル王の複合体

ジェセル王の階段ピラミッドは、エジプト最古のピラミッドで約4600年前に建造されました。 設計者の当時の宰相、イムホテプは苦心の末に現在の階段型に完成させたと伝えられています。


宰相・イムホテプ

イムホテプの祖先は、メソポタミアから渡って来たらしく、現在のイラクに残るシュメール遺跡ジックラット(高層型の礼拝所)の形にならって設計したようです。


城壁の様な複合体の入り口
敵の侵入を防ぐのためなのか入り口が極端に狭く造ってある
4600年前に建てれらたのに なかなかのグットデザインだと思います


この由来が本当なのかどうかは分かりませんが、階段ピラミッドが、ピラミッド時代の幕を開けたのは確かなようです。


狭い入り口から入ると40本の列柱廊が続いていました

最古のピラミッドにしては保存状態がとても良く、その後に建造されたピラミッド複合体よりも遥かに良好に保たれています。 ジェセルの複合体は、王と家臣たちの複合墓地として造られていますが、その他にも王宮や神殿、さらに葬祭殿や倉庫までが備えられています。 それらの施設を高さ10mもの外壁で取り囲んであります。


縦抗式になった貴族の墓

現存する他のピラミッドは葬祭のための複合施設として造られましたが、ジェセル王の複合体は単なる葬祭施設とは異なるものです。


周壁の内部には様々な施設の遺跡がある

私の印象では、敵の攻撃に備えて丘の上に築かれた まるで城塞のように見えました。


列柱廊を反対側から見た所

階段ピラミッドの地下部分には中央に造られた玄室を取り囲むように、アリの巣状に、通路を張り巡らせてあります。 その全長は5kmに及ぶ迷路になっていて、室内にはタイルや浮き彫りなどで装飾が施され、長い通路からは数万点の壺が見つかっています。 このような構造物ですから単なる墓としてではなく、多くの目的を込めて設計されたのだと思います。


複合体で発掘されたジェセル王の石像

20世紀に入るまで、周壁に囲まれた15ヘクタールに及ぶ敷地内は廃墟と化していましたが、1927年以降にフランス人エジプト学者のジャン・フィリップ・ロエールが調査を開始して遺跡の発掘を進めながら、忍耐強く建築物を修復して行きました。


階段ピラミッドの内部は全長5キロの迷路になっている

50年以上にわたって続けられたその仕事のお陰で、甦ることができたジェセル王のピラミッド複合体を今日、こうして見ることができるのです。

ピラミッドの内部は見ることはできませんでしたが、他のピラミッドでは見られなかった複合施設は見所がたっぷりで記憶に残りました。


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